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東京地方裁判所 平成5年(ワ)21110号 判決 1995年11月20日

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

【事実及び理由】

第一  請求

一  被告は、原告に対し、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成五年九月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、別紙第一記載の謝罪文を、東京都大田区《番地略》多摩川芙蓉ハイツ(以下、「本件マンション」という。)専有部分各戸あてに、各専有部分ポストに直接投入する方法で配布せよ。

第二  事案の概要

本件は、本件マンションの管理会社であり、また、同マンションの各種工事を受注している原告が、同マンションの区分所有権者である被告に対し、同人が原告の業務内容について虚偽の事実を記載し、原告を中傷、誹謗した文書を同マンションの各戸あてに配布したことにより、その名誉及び信用を毀損されたとして、不法行為に基づく損害賠償及び謝罪文の配布を求めた事案である。

一  争いのない事実等(証拠を掲げた部分以外は、当事者間に争いがない。)

1 本件マンションは、昭和五八年一〇月に新築された、総戸数三九九戸のマンションである。本件マンションの管理組合(以下「本件管理組合」という。)は、同年一〇月に結成され、毎年一〇月一日から翌年の九月三〇日までを一期として運営しており、平成五年七月までの間、本件マンションを建設、分譲した訴外昭光通商株式会社(以下「昭光通商」という。)に対し、本件マンションの管理業務を委託してきた(以下、右管理業務を行う会社を「管理会社」という。)。

2 原告は、建築請負工事、建物の総合管理等を業とする株式会社であり(乙一二〇)、本件管理組合結成の当初から、昭光通商より本件マンションの管理業務の一部を委託されて行っており、昭光通商が右管理業務を辞した後である平成五年八月一日から、本件管理組合との間において管理委託契約を締結し、本件マンションの管理業務を行っている。

3 被告は、昭和六三年一〇月、本件マンション四号棟五〇二号室の専有部分の区分所有権を妻である訴外本間チイコとの共有名義により取得し、以後、同所に居住している。

4 被告は、平成二年九月、抽選によって、第八期の本件管理組合理事に選任され、同年一〇月一日より平成三年九月三〇日まで、右理事としての職務を行った。

5 被告は、平成五年九月一〇日、「当管理組合の民主的運営を求める緊急公開状」と題する文書(以下「本件文書」という。)に別紙第二のとおりの記載をし、同文書を本件マンションの居住者全員に対し、本件マンションの各専有部分のドアポストに投函する方法により配布した。

二  争点

1 本件文書は、原告の名誉及び信用を毀損するものか否か。

(原告の主張)

本件文書中には、次のとおり、原告の社会的評価を低下させ、その名誉及び信用を毀損する記載部分(以下、一括して「本件各記載部分」という。)がある。

(一) 原告は、建築工事業の許可(建設大臣(特-三)第一四三五五号)を受けた専門業者であるにもかかわらず、本件文書中、「各工事の業種とは全く専門外の特定の業者」、「専門外の業者」及び「日本ハウズィング株式会社は登録専門工事(塗装・防水)業者では無い。」の各記載部分(以下、「本件記載部分(一)」という。)は、原告があたかも工事に関して専門外の業者であるかのような印象を与えるものである。

(二) 原告は、単なる人材派遣の業者でなく、本件管理組合結成当初から昭光通商を補助して本件マンションの各種管理業務に携わってきており、また、管理委託戸数において業界第三位の実績を有する会社であるにもかかわらず、同文書中、「当組合にとっては人材派遣業者に過ぎない、赤の他人である」及び「日本ハウズィング株式会社の会社の内容は、当組合の預金証書と、それに使用出来る組合の印鑑を一緒に預託出来る程の会社内容ではない、等の調査結果が出た」との各記載部分(以下、「本件記載部分(二)」という。)は、原告があたかも取るに足らない、信用性に乏しい会社であるかのような印象を与えるものである。

(三) 本件マンションの立体駐車場建設等の工事については、本件管理組合の理事会の決議を経て、原告に発注されたにもかかわらず、同文書中、「これ等の見積書と工事計画書は、第七期理事会の三役(理事長及び副理事長)から次期の三役へとバトンタッチされ、第九期理事会までに二億円を超す各種の工事が前記の日本ハウズィング株式会社に発注され、工事代金も全額同社に支払われています。このように、僅か数名の組合員によって特定された、日本ハウズィング株式会社という一業者に、六億円にも上る巨額の各種の工事を独占的に受注させ、今後も受注させようとしています」及び「第七期理事会に日本ハウズィング株式会社から提出された前記の見積書は、五百数十万円の工事から一億数千万円の工事に至るまで、見積書としては到底認められない、紙切れも同然なものでありました。これ等の見積書は日本ハウズィング株式会社の見積書用紙に簡単な数項目と金額を手書きで記入し、欄外の下の検印欄に「田中」の三文判が捺印されただけの「至って簡潔な」見積書でありました。会社印も代表印も無い、この様な紙片を億単位の見積書として授受した、理事会の三役と日本ハウズィング株式会社の姿勢には、当事者を除き、驚かない人は居ない筈です」の各記載部分(以下、「本件記載部分(三)」という。)は、原告があたかも本件管理組合理事会の一部の理事と結託して不正に工事を受注したかのような印象を与えるものである。

(四) 本件管理組合の第八期理事会において、原告の会社内容が調査されたことはなく、管理会社の変更案が廃案になった事実はないし、また、管理会社選定の理事会の席に原告の従業員が同席したことはないにもかかわらず、同文書中、「第八期理事会では、早速、理事長から、この管理組合の切り替え問題が提議され、検討を尽くした結果、この案は結局、廃案になった事実があります」及び「第八期理事会で物議を醸した問題の業者である」、「この選定問題を審議している理事会の席に、入札に応募を予定していた日本ハウズィング株式会社の本社社員(管理員を含めると二名)を初回(平成四年一〇月)の理事会から毎回欠かさずに同席させていた。入札参加業者と膝を交えての業者選定会議は前代未聞の所業である。これは前記の「独占受注」と同様に、日本ハウズィング株式会社に対する露骨で明白な利益誘導行為である」の各記載部分(以下、「本件記載部分(四)」という。)は、原告があたかも本件管理組合と結託し、それによって管理会社として選定されたかのような印象を与えるものである。

(被告の主張)

(一) 文書の配布が、名誉、信用毀損に該当するか否かは、部分的な表現ではなく、文書全体の印象により、通常人の読み方を基準として客観的に判断されるべきである。本件文書は、本件管理組合の運営を問題とするものであり、直接原告に向けられたものではなく、仮にその中に原告に対し否定的な記載があるとしても、原告に対する名誉、信用の毀損にはあたらない。

(二) 本件記載部分(一)及び(二)は、単なる評価を述べたものに過ぎない。原告は、マンション管理の専門業者であっても、工事の専門業者でないことを、原告自ら認めており、「人材派遣業者に過ぎない」との記載は、原告が本件マンションに管理人を派遣しており、人材派遣業の性質を有していることを表現したに過ぎず、何ら原告の名誉、信用を毀損するものではない。また、本件記載(三)及び(四)は、原告主張のように、「原告が、本件管理組合理事会の一部の理事と結託して不正に工事を受注し、かつ管理会社として選定された」との印象を与えるものとはいえない。原告がそのように受け取ったとしても、それは原告の主観的評価に過ぎない。原告が、本件マンションの工事を独占的に受注し、管理会社にも選定されたことは事実であり、右事実を摘示することは何ら原告の名誉及び信用の毀損には当たらない。

2 本件各記載が原告の名誉及び信用を毀損するものであるとしても、違法性を阻却されるか。

(被告の主張)

本件文書に記載された、本件管理組合の運営の実態及び原告と本件管理組合との関係は、本件文書の配布先である本件マンションの住民にとって、公共の利害に関する事実である。

被告が本件文書を配布したのは、被告の私利私欲のためでも、特定の者を誹謗中傷するためでもなく、管理会社の選定や、本件管理組合の多額の予算の支出等の重要な決定は、組合員各自の意思と選択を直接求める方法によって、公正に行われることを願ってのものであるから、専ら公益を図る目的に出たものである。

原告は、本件文書を作成するに当たり各種資料を検討した結果、原告が、マンション管理の大手、専門業者であって、各種工事の専門業者ではないという事実を認識するに至ったものである。右事実は真実であるか、少なくとも被告がこれを真実であると信じるには相当の理由があったというべきである。被告は、右事実を前提として、本件管理組合が各種工事の施工業者を選定するにあたり各種専門工事業者に委託せず、わざわざ原告を通したことを問題としたものであり、これは正当な批判である。

また、原告が、本件マンションの工事について多額に、しかも独占的に受注したこと及び本件管理組合が明確な理由なく従前の管理会社である昭光通商から原告に管理会社を変更したことは紛れもない事実である。原告が、あえて受注する必然性のない工事を次々と受注しており、しかも、原告の社員が、常に理事会に同席しているという事態を見れば、通常人ならば、原告と理事会との間には密接な関係があり、原告が理事会と結託して多額の工事を受注し、また管理会社に選定されたと認識するはずである。よって、少なくとも、被告が右のような事実があったと信じるについて相当の理由があったというべきである。

(原告の主張)

本件文書に公益を図る目的はなく、また、本件文書のうち原告の名誉を毀損する記載部分は、意見表明ではなく事実の摘示に過ぎず、右事実は真実ではない。被告が本件文書で述べた虚偽の事実は、被告自身十分に承知しているはずの事実を敢えて曲げたものであるか、または、調査をすれば容易に判明するところを単なる憶測で述べたものばかりであって、およそ真面目な主張とはいえないものである。被告は、本件文書の内容が事実に反することを承知の上で、専ら原告を誹謗中傷し、本件マンションの各種工事受注及び管理業務から原告を排除することを意図して本件文書の配布行為に及んだものである。

3 原告の被った損害

(原告の主張)

本件文書の配布により、原告の管理会社としての名誉、信用は、著しく傷つけられた。また、本件マンションの多数の区分所有者が本件各記載の内容を誤信したままであれば、原告は、工事見積業者から外され、管理会社を解任されるおそれもあった。原告が、本件マンションの住民が本件文書の内容を真実と誤解することを避けるために本件文書に関する説明会を開催したことにより、右おそれは現実化せずに済んだものである。

右損害を回復するには、金一〇〇〇万円の損害賠償及び別紙第一記載の謝罪文の配布が不可欠である。

(被告の主張)

本件文書は、本件管理組合の組合員のみに限定的に配布された、いわば組織の内部文書に過ぎず、一般に頒布される可能性はないものである。また、原告は、本件文書により工事見積業者から外されたり、管理会社を解任される可能性があった旨主張するが、現実にそのような事態は生じておらず、仮に右のような事態が生じたとしても、それは本件管理組合内部の問題であって、原告の損害とはいえない。したがって、本件文書の配布により、原告に損害が生ずるということはない。

4 原告の本訴請求は権利の濫用にあたるか。

(被告の主張)

本件文書は、本件管理組合の自治に関するものであり、被告が本件文書を配布したのは、本件管理組合の公正な運営を求めるためであって、被告の私利私欲のためでもないし、特定の者を誹謗中傷するためでもない。これに対し、原告は、本件文書の配布により何ら実質的な損害を被っていないにもかかわらず、管理組合の理事会の一部の理事と結託して、管理組合の自治に不当に介入し、一住民に対し金一〇〇〇万円もの高額な損害賠償を請求する訴訟を提起することによって、被告の発言を封じ込めようと意図したものであって、右原告の請求は、権利の濫用に当たる。

(原告の主張)

被告は、原告を誹謗中傷し、原告を本件マンションの管理業務及び工事受注から排除しようとの意図のもとに本件文書を配布したものであり、本件文書の配布により、原告の管理会社としての名誉、信用は著しく傷つけられた。被告は、本件文書を配布した後も、原告を中傷することによって本件マンションから排除しようとする姿勢を崩していない。事実を恣意的に歪曲して多数の区分所有者の判断を誤らせ、原告及び理事会において事実を指摘して注意しても聞こうとせず独自の主張を繰り返す者に対しては、法的に厳正に対処するしかない。したがって、原告が被告に対し損害賠償を求めることは、何ら権利の濫用にあたらない。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

本件文書の記載内容は、別紙第二のとおりであるところ、右記載を、これを読む者の普通の注意と読み方を基準として読めば、本件管理組合の理事会の運営方法を非難する中で、原告が工事専門外業者であり、本件管理組合の一部の理事と結託して本件マンションの立体駐車場建設等の工事を受注し、昭光通商に代わって本件管理組合と管理委託契約を締結したことなどを述べたものであって、本件文書の見出し及び本文の記述の表現から、全体として、これを読む者に対し、本件記載部分(一)は、原告の工事受注業者の適格性に問題があるかのような印象を与えるものであり、また、本件記載部分(三)及び(四)は、原告が本件管理組合の一部の理事と結託して独占的に巨額の工事を受注し、原告を不当に利するような不公正な過程により本件マンションの管理会社に選定されたかのような印象を与えるものであって、建築請負工事、建物の総合管理等を業とする原告の業務内容並びに本件マンションに関する工事受注及び管理会社への選任が公正に行われたか否かは、右業務を営む原告の信用及び名誉に影響を有するから、右記載のある本件文書の配布により、原告に対する社会的評価を低下させるものであると認めることができる。

また、本件記載部分(二)のうち、「当組合にとっては人材派遣業者に過ぎない、赤の他人である」との記載は、本件組合理事会が工事発注に際し、その見積書を当時の管理会社であった昭光通商を通じて専門業者に作成させるべきであるのに、本件組合と直接の管理委託契約を締結していなかった原告に工事見積書を作成させたことを非難する過程において述べられているものであり、原告が主張するように、原告があたかもとるに足りない信用性に乏しい会社であるとの印象を与えるものとはいえないが、「日本ハウズィング株式会社の会社の内容は、当組合の預金証書と、それに使用出来る組合の印鑑を一緒に預託出来る程の会社内容ではない」との記載は、本件マンションの管理委託先を昭光通商から原告に変更する案を検討した第八期理事会において、右案が廃案になった理由として、一部上場会社である昭光通商に管理業務遂行についての落ち度がなく、昭光通商と比較して、その規模及び信用力において劣る原告に管理委託を変更する理由はないという意見を述べたものであり、右意見言明それ自体はやはり原告の社会的評価を低下させるものということができる。

被告は、右各記載部分は、本件文書を全体としてみれば、本件管理組合の理事会の運営を問題とするもので、直接原告に向けられたものではないから、原告の社会的評価を低下させるものではない旨主張する。しかし、右各記載部分は、一部の理事の独断専行により、本件管理組合の資金が無造作に濫費されていると批判し、本件管理組合の民主的な運営を訴える中で、前示記述がなされるという形式をとっているが、本件文書には、その配布先である本件マンションの各区分所有者等これを読む者に対して、前記のような印象を与える右各記載部分を含み、文書全体の趣旨からも、右のような印象が払拭されるわけではないと認められ、これにより原告の社会的評価を低下させ、その信用及び名誉を毀損することは否定しがたいというべきであるから、被告の右主張は採用することができない。

二  争点2について

1 ところで、文書の記載内容により名誉及び信用を毀損されたと主張する者によって、自己の名誉及び信用を毀損されたと指摘されている部分が、公共の利害に関する事項に係り、その目的がもっぱら公益を図るために出た場合には、右記載について真実であるとの証明がなされるか又は右記載を行った者において真実であると信じるにつき相当の理由があったときには、右文書の記載配布は不法行為を構成するものではないと解すべきである。

また、前述のとおり、本件記載部分(二)の一部は意見言明であるところ、文書中名誉を毀損するとされた部分が意見言明である場合には、当該文書が公共の利害に関する事項についてのものであり、その文書に意見形成の基礎をなす事実が記載されており、かつ、その主要な部分が、真実性の証明のある事実か若しくは文書を配布した者において真実と信じるについて過去がない事実からなるとき、又はかかる事実と既に社会的に広く知れ渡った事実からなるときであって、当該意見を右のような事実から推論することが不当、不合理なものといえないときには、右意見言明は、名誉及び信用毀損の不法行為を構成しないと解すべきである。

2 本件においてこれをみると、前記争いのない事実、後掲各書証、証人大久保圭祐の証言及び被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、訴外社団法人高層住宅管理業協会・マンション保全診断センター(以下「マンション保全診断センター」という。)発行の「登録工事業者名簿-ゼネコン・リフォーム会社等-《平成五年度版》」に登載されているが、同発行の「登録工事業者名簿-専門工事業者-《平成五年度版》」には登載されていない。原告は、受注した各種専門工事を自ら行うことはせず、他の業者に発注していた。

また、原告は、昭光通商を補助する形で本件マンションの管理業務に携わり、遅くとも平成四年八月ころからは、ほぼ毎回のように原告の社員が理事会に出席していた。

(二) 原告は、本件管理組合の第七期理事会に対し、修繕積立金の見直しのための資料となる平成二年二月二八日付「長期修繕計画書」及び立体駐車場建設工事に関する同年七月一四日付「御見積書」と題する書類二通を提出した。同理事会では、右各書類を参考にして、修繕積立金の不足を立体駐車場建設による増収入で解消する方針を立て、大規模工事、立体駐車場建設工事等に関する同月一七日付「検討結果報告書」を作成し、これを被告を含む本件マンションの全区分所有権者に配布した上、立体駐車場建設に関するアンケート調査を行った。同年九月三〇日、第七期定期総会において、立体駐車場建設の議案が承認された。

(三) 被告は、平成二年九月、抽選によって本件管理組合の第八期の理事に初めて選出された。同年一〇月七日、第八期の第一回理事会において、「年間予定表」が被告を含む理事全員に配布されたが、右予定表には、駐車場、駐輪場及び広場の実施設計等の建設工事担当を原告、ハイツ診断の建築・設備診断及び修繕計画立案の担当を役員及び原告とする旨の記載があった。

(四) 被告は、第八期理事会の住環境部会(九名の理事で構成)の一員であった。同部会は、大規模修繕工事の基礎となる建物設備等の調査診断を、マンション保全診断センター等の公正な第三者機関に依頼し、右調査診断の結果を直接専門工事業者に示して相見積書を取り、全組合員の意思により工事施工業者を選定すること及び右調査診断料金を予算案に計上し、定期総会に上程することを提案した。第八期理事会の理事長下田潔は、第七期において原告の好意により前記二の「長期修繕計画書」が作成・提供されているので、この上に更に費用をかけて新たに調査診断を依頼する必要はない旨反対の意見を述べた。しかし、右提案は、平成三年七月二一日の第一〇回理事会において可決承認され、住環境部会は、昭光通商の担当者に対し、マンション保全診断センターに対する本件マンションの調査診断の依頼に必要な費用の見積書を提出し、定期総会で右費用が可決承認された場合には直ちに右調査診断を依頼するよう指示した。右担当者は、同月二五日、「調査診断料金見積り依頼書」を、右調査診断に関する各種資料とともに同センターに提出し、同センターは、同年八月一日付で、調査診断料金見積書を提出した。住環境部長は、同月一八日に開催された第一一回理事会において、右見積書の内容を発表し、定期総会に上程される予算案に、この調査診断料金を組み込むよう下田理事長に求めたが、同理事長はこれを拒否し、右調査診断料金は予算案に計上されなかった。

(五) 被告は、第八期理事会における立体駐車場建設の検討チーム(七名の理事で構成)の一員であった。被告は、立体駐車場建設工事に関して、それまでにどこから見積りが出されているか全く知らされていなかったので、下田理事長に対し、既に提出された見積書を示すよう要求し、これに対し、同理事長は難色を示したが、原告が第七期において提出した平成二年七月一四日付「御見積書」と題する書類二通を示した。右書類には、原告の代表社印や社印はなく、原告担当者の認印のみが押捺されていたにすぎない。そこで、右検討チームでは、原告は専門工事業者ではないので、直接専門工事業者から相見積書を取るべきであるという結論に達し、原告を通じて五社から見積書を取ったところ、一億五六〇〇万円とする原告の見積価格が一番安かった。なお、これらの見積書は、検討チームに到達するときには既に開封されていた。第八期第一一回理事会において、原告が右価格で右工事を受注することに決定された。

(六) 本件管理組合は、平成三年一月、駐輪場設置及び水道管防錆機の各工事を原告に発注したが、被告を含む第八期の各理事に対しては、発注先は第七期で決定されたとの説明があったのみで、発注先の説明はなく、また、見積書も示されなかった。被告は、理事任期中に調査した結果、原告がこれらの工事を受注していることを知った。

(七) 第八期の第二回理事会において、下田理事長は、昭光通商の管理業務に問題があるとの理由で、管理会社を原告に切替える案を提案し、第三回理事会において、原告の会社案内書を理事全員に閲覧させた。それ以来、第八期理事会では、毎回、閉会前の約三〇分間を費やし、同席していた昭光通商の管理担当課長を退席させた後、右案を続けて審議し、また、被告らを含む「会計システム、及び管理会社の変更問題に関する検討チーム」(一〇名の理事で編成)は、昭光通商の担当者等に事情を聞き、原告の商業登記簿謄本を取り寄せるなどして右問題を検討したが、管理会社を昭光通商から原告に切り換える必要はないとの結論に至った。

(八) 被告は、平成四年九月一八日、第九期理事会の理事長村上照雄あてに、質問状を送付した。右質問状は、組合理事長の印章を、管理会社である昭光通商から突然引き揚げ、同理事長が自宅に保管することとした理由、第八期の理事会で廃案になったはずの管理会社の変更問題を再燃させた理由、一組合員が、第九期理事会理事全員に対して提訴した裁判に、当事者に直接証言をさせず、全くの第三者に過ぎない原告の本社社員に証言をさせた理由などについて質問及び各種の巨額の工事を原告へ殆ど独占的に受注させていた従来の発注方法を廃し、公正な発注の仕方に改める旨の提案を内容とするものであった。しかし、これに対する回答はなかった。

(九) 被告は、同月二七日、第九期通常総会に出席した。右総会では、第九期事業報告承認、収支決算報告承認、剰余金処分案承認、昭光通商との間の管理委託契約を解約する案の承認などの議案が可決承認され、また、被告と村上理事長との間において、次のような質疑応答がなされた。

(被告)(立体駐車場工事を)原告に発注することを決めたのは、理事会ですか。(理事長)第八期第一一回の理事会で原告に決定しています(議事録を読み上げる。)。

(被告) 理事長印は昭光通商で八年間預かっていたが、どこで預かっていますか。(理事長)理事長が自宅に預かっています。

(被告) 理事長が保管した方がよいというが何か不安があったのか。(理事長)より安全を期するため預かりました。理事会で本来、理事長印は理事長が保管するものであるという結論に達しました。

(被告) 排水管清掃は今まで直接専門業者に頼んでいたのを今回なぜ原告に頼んだのか。(理事長)第七期の時から設備、修繕等に関しては、見積りを原告に頼むようになりました。

(一〇) 第一〇期理事会は、平成五年一月一七日、管理会社候補として原告を含む五社を選定し、同年二月二一日、各候補会社に対する質問書の内容を審議決定した。質問内容は、<1>経営理念等全体概要、<2>管理委託契約、管理規約関係、<3>出納、会計業務関係、<4>管理業務関係、<5>設備管理・修繕業務関係、<6>その他、であった。同月二八日、各候補会社に対して質問書説明会を実施して質問書に対する回答を依頼し、同年三月一四日、各候補会社からの回答書を回収し、同月二一日、第七回理事会において、右回答書に基づく第一次選考を経て、候補会社を原告を含む三社に絞った。

同年四月一一日、第一〇期理事会変更委員会で候補会社あて「管理に関する要望事項」を審議決定し、同月一八日、候補会社三社に対し「管理に関する要望事項」を説明の上、委託管理費の見積を依頼し、同年五月七日、候補会社より回答書及び見積書を回収し、同年六月一三日、候補会社三社につき第二次選考を行い、最終候補として原告を推薦することを決定した。

右のような選考過程の大要は、その都度被告を含む各組合員への「お知らせ」により広報された。

(一一) 被告は、平成五年六月二五日、第一〇期理事会に対し、意見書を提出した。右意見書では、本件マンションの将来を左右する最重要事項である管理会社及び巨額の大規模修繕工事等の業者の選定に際しては、<1>組合員全員の意思と判断が正確に反映される公正且つ民主的な方法によって業者が決定されるべきであること、<2>その為には、理事会は、それぞれの専門業者から直接、同一の仕様書を基にした、優良な相見積書を多数取り寄せ、組合員にその選択肢を公開すること、<3>業者の選定は、少人数の理事会ではなく、三九九名の議決権者、即ち、組合員全員による直接投票方式によって決定されるべきであること、<4>この為には、従来の「議決権の行使一切を議長(理事長)に委任する」ことを認めた、圧倒的多数の「委任状」制を廃止し、組合員に直接、意思決定を求める、民主的な投票制度に改めること、<5>業者の公正な選定方法として、一般競争入札の慣行を具体的に例示し、選定方法の改善を求めること、<6>管理会社の選定問題と大規模修繕工事業者の選定問題を審議している第一〇期理事会の席に、この両方の業者の候補として、入札に参加を希望していた原告の本社社員を初回から毎回同席させた責任等々を問うことが述べられている。

しかし、この意見書に対する回答は全くなかった。

(一二) 被告は、同月二七日、臨時総会に出席した。右総会では、右臨時総会上程議案説明書に基づき、管理会社を原告に変更するに至った理由につき、管理会社としての能力及び実績があること、及び原告の委託業務実施内容が充実していること、委託管理費が妥当であること、会計システムが管理組合名義の口座に直接納入する方式をとっていることなどである旨説明された。

(一三) 第一〇期理事会は、同年八月二九日、「大規模修繕に関する説明会」を開催し、「大規模修繕工事に関する答申」を発表し、その直後、「(第一〇期)管理組合通常総会招集のお知らせ」状(右総会開催日は同月一九日)を各組合員あてに発送したが、右総会に上程された議案の中には、右答申のとおり承認を求め、工事仕様書の確定、業者選定等を理事会に一任する議案が含まれており、右議案は総会で可決された。

以上の事実が認められる。右認定に反し、証人大久保圭祐は、第八期理事会では管理会社の変更問題は審議されておらず、昭光通商との管理内容に対する不満が出てきたので、管理内容を見直す旨の審議がなされたにすぎない旨供述し、甲第一九号証(同人作成の陳述書)及び甲第一六号証(第八期理事長下田潔作成の陳述書)にも同趣旨の記載部分がある。しかし、右証言及び各記載部分には、昭光通商の管理内容のいかなる点に対し不満が出されたのか、及び管理内容をどのように変更する案が提出されたのかといった具体的な内容が全くなく、また、仮に右のような趣旨の審議が行われたとするならば、なぜ原告の商業登記簿謄本が取り寄せられたのか説明できないこと、一方、被告本人は、管理会社の変更問題の審議に自ら関与し、原告の会社内容を検討した旨供述しており、その供述などに照らすと、前示認定に反する大久保証人の証言及び前記甲号各証の記載部分は採用することができない。そして、他に以上の認定を左右するに足る証拠はない。

3(一) 以上認定の事実によると、本件文書の内容は、登録専門工事業者ではなく、また、本件マンションの管理会社でもなかった原告が、その社員を本件管理組合の理事会の議事に出席させ、本件マンションの大規模修繕工事、立体駐車場建設工事等の見積書を早期に提出して多額の工事を集中的に受注し、また管理会社として選任されているなどの事実を前提として、一部の理事の独断専行により原告に対する利益誘導行為が行われており、本件管理組合の民主的運営及びその本来の機能が形骸化し、組合員の公金が無造作に濫費される事態となっていると非難し、併せて本件管理組合の各組合員の意思を反映した方法により工事受注業者及び管理会社の選定が公正に行われることを求めるものであり、組合員の意思を十分反映しない方法によって、特定の業者に対する利益誘導行為と思われかねないような工事施工業者や管理会社の選定を行うという本件管理組合の運営方法を問題とする中で記述されたものであるから、本件記載部分は、本件マンションの管理組合の運営という公共の利害に関する事項にかかり、また、本件文書の内容が右のようなものであること、《証拠略》によれば、被告は本件文書の配布に先立ち、第一〇期管理組合理事会あてに、本件文書とほぼ同趣旨の「質問書」及び「意見書」を送付していること(右文書は一般の区分所有権者には配布されていない。)、《証拠略》によれば、被告は真摯に本件管理組合のことを考えて本件文書を配布したものであること、《証拠略》によれば、被告の意見に賛同する趣旨のアンケート回答が多数の区分所有者から寄せられていることが認められ、これらの事情と被告が私利私欲を図り、あるいは原告をことさらに誹謗中傷する等不純な動機により、本件文書の配布を行ったことを認めるに足る証拠はないことに鑑みれば、被告による本件文書の配布は、専ら公益を図る目的に出たものというべきである。

(二) そこで、本件各記載部分の摘示事実が、真実であるか否か、あるいは被告において真実であると信じるにつき相当な理由があったか否かにつき検討する。

(1) 本件記載部分(一)について

原告がマンション保全診断センター発行の「登録工事業者名簿-ゼネコン・リフォーム会社等-《平成五年度版》」に登載されているが、同発行の「登録工事業者名簿-専門工事業者-《平成五年度版》」には、各種専門工事を行う業者として登載されてはおらず、実際の専門工事も自ら行わず、他の業者に下請けに出していることは、前示認定のとおりであるから、原告が登録専門工事業者でないことは真実であるか、被告においてそのように信じたことに相当の理由があったものというべきである。

(2) 本件記載部分(二)について

本件記載部分(二)のうち、「日本ハウズィング株式会社の会社の内容は、当組合の預金証書と、それに使用出来る組合の印鑑を一緒に預託できる程の会社内容ではない」との記載部分は、前述のとおり、意見言明であるというべきである。そして、右意見は、<1>本件マンションの管理委託先を昭光通商から原告に変更する案を検討した第八期理事会において、右案が廃案になったこと、<2>昭光通商に管理業務遂行についての落ち度はなかったこと、<3>一部上場会社である昭光通商と比較して、原告はその規模において劣ることを主要な基礎事実とするものであるが、右<1>及び<2>についてその事実が存在することは前示認定のとおりであり、また、右<3>については、《証拠略》によれば、昭光通商は資本金七九億七一七九万円の東証第一部上場会社であるのに対し、原告は資本金七二〇〇万円の非上場会社であり、昭光通商よりはるかに小規模の会社であることが認められ、昭光通商が本件マンションを分譲し、長期間管理を委託されてきた業者であることは、本件文書が配布された本件マンションの各区分所有者において広く知れ渡っていたものと推認されるから、その主要な部分が、真実性の証明のある事実か、被告において真実と信じるについて過失がなく、かつ、右の諸事実から被告の右意見のように推論することも不当、不合理なものといえないというべきである。

(3) 本件記載部分(三)及び(四)について

原告は、昭光通商が本件マンションの管理会社であったころから、同社を補助する形で本件マンションの管理業務に関与し、社員が原則として理事会の審議に立ち会っており、原告と本件管理組合とは密接な関係にあったことが窺われ、甲第八号証及び弁論の全趣旨によれば、本件管理組合の理事の中には、何期にもわたって理事を務めたり、理事会三役を連続して務めている者がいること、《証拠略》によれば、本件管理組合総会においては、議決権の行使はその大部分が理事長に一任する旨の委任状によって行われていることが認められる。

そして、原告が各種工事を受注するにつき、原告は、第七回理事会に対して無料で本件マンションの長期修繕計画案を示し、立体駐車場建設工事に関する「御見積書」との表題の書類を提出し、費用の概算を示すなど、修繕計画立案に過大とも受け取られる協力をし、右過程においては、原告と競合する他の業者の関与はない。右「見積書」と題する書類が、正式な意味の見積書といえるかどうかはともかく、被告がこれを「見積書」であるとの趣旨で理事長から受け取ったことは前示認定のとおりであるから、被告がこれを見積書であると認識したことも是認される。また、《証拠略》によれば、第七期理事会が、右長期修繕計画書などをもとに作成した「検討結果報告書」における立体駐車場建設工事金額は、右「御見積書」と一致していることが認められ、このことは、その他の工事についても原告から提出された見積書を基に右報告書が作成されたものではないかと疑わせる事情となるというべきである。しかも、第八期理事会において被告に配布された「年間予定表」の記載は、原告が工事を受注することが予め決まっているかのような印象を与えるものである。さらに、原告が管理会社に選任されたことにつき、第八期において、明確な理由もなく管理会社を変更する旨提案がされたこと、右案は一度廃案になったのに、第九期に再度蒸し返されていること、明確な理由もなく、突如昭光通商から理事長印を引き揚げたことは前示認定のとおりである。

以上の事実に鑑みると、これらの事実から、マンションの一区分所有権者であり、特に調査権限及び調査能力を有していたわけでもない被告において、一部の理事により原告に対する利益誘導行為があるのではないか、当初から原告を管理会社に選定する旨決めていたものではないかと疑ったことも、まったく根拠を欠くものではなく、被告がそのように信じるにつき相当の理由があったものというべきである。

(4) したがって、本件各記載がこれを読む者に前記の印象を与え、原告の社会的信用を低下させたとしても、前記1の説示に照らし、不法行為を構成しないものと解すべきである。

三  以上のとおり、原告の本訴請求は、理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長野益三 裁判官 玉越義雄 裁判官 名越聡子)

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